教主からのメッセージ

四聖に生きる

年末を迎え、皆様はそれぞれにこの一年の振り返りをなされたかと思います。

まさに激動の一年であったと、世界中の誰もが思う年となりました。と同時に、世界中の誰もがこれまでの、そしてこれからの自身の生き方を試された一年ともなりました。その意味で、やはり私たち信仰者としては「恵み深い一年であった」と、自他共に認め、それを深くかみしめる必要があるのです。

おそらく多くの方が、この一年を振り返り、まさに「想定外」の出来事のため、思うようにいかなかった、目標が果たせなかった、こうなるとは予想できなかった、とおっしゃることでしょう。それは当然です。まさか、このような一年になるとは、誰も予想できたはずがありません。

ですが、想定外のことばかり起きた一年だったからこそ、かえって自身の生き方を根本から振り返ることのできる、まさに千載一遇の機会となるのです。全く予想もできなかった事態を迎えて、皆様は何を人生の根幹として、この一年を生きてこられたかということです。

その根本的な指針となるのが、まさに今年のかむながらのみちのテーマである「四聖」なのです。

身一度、解脱の聖門を潜らば、よろしく四聖に生きよ。偽られても、欺かれても、自他の不徳を神仏に懺悔し奉り、なおその者の上に幸あれかしと祈り続ける善念、及第すれば四聖の入口である。落第すれば六凡に常住する。六凡に常住する者は悪念なるが故に四苦八苦の地獄に落ちる。

いつも私がお伝えしております道祖の御言葉です。

今年のテーマにあります「四聖を昇華」は、まさにこの御言葉を背景に生まれました。慈敬学院の初級編は、この御言葉を信仰者として生きる根幹としてお伝えしておりますので、皆様もその意味はご理解されていることと思います。

皆様は、この一年、四聖に生きてこられましたでしょうか?

それとも、怨み、怒り、嫉み、むさぼりの悪念により、六凡に常住していましたでしょうか?

この一年、振り返るべき観点は、まさにここです。

何を結果として作りだしたか、ということよりも、その結果を作り出すために、皆様は何を願い、何を大事にして、そして何を祈り、何を学んできたかです。

この一年の結果は、誰もが想定外です。計画通りにこの一年を進めることができた人など、世界中に誰一人いません。みな同じです。ただ、その結果への向き合い方には、人によって天と地ほども違いがあります。振り返るべき観点は、まさにここなのです。

菩薩とは世間道である以上、菩薩はこの身に備わっています。出でて須らく菩薩となる、何の難しとするところぞ、願いを行ない願いを生かすならば今直ちに菩薩である。大願に生きるならば大菩薩であり、小願に座すならば小菩薩であります、大小一つも願いなき人間を餓鬼道と申します。

一体人間の価値は人間の持つ欲と願いの如何に決せられます。卑劣な人間には卑劣な欲があり、願いの聖なるは聖なる人格者であります。その天職に鞭を打って世人の役に立たせて頂く純な願いの生活に入るならば、下駄の歯入れも大人格の表現であります。職業に卑尊はあり得ませぬ、人間に上下があるのであります。

絶望とは、ある意味で神仏からの尊いお働きかけです。これまでの望みを絶たれた時、果たしてあなたはどう生きるのかと、真剣に問うてこられているからです。

今年の初めにそれぞれが描いた目標、ビジョンが果たせなかった。では、私が本当に願うものは何か。大切にしているものは何か。求めるものは何なのか。あらためて自身に問い直すのが、この年の終わりに為すべき務めです。

そのように自身に問うてみた結果、あらためて自己の願いのかけがえのなさを深く自覚する方もおられるでしょう。あるいは、それが実は自身の人生にそれほど価値のないものであったことに気づく方もおられるでしょう。そして、自分一人では決して思い描けなかった未来を見つけることができた方もおられるかもしれません。

願いを持つことを、決して手放してはいけません。それが四聖に生きるか、それとも六凡に常住するかの分かれ道です。

その願いの大きい、小さいは、全く問題ではありません。むしろ今まで卑小な願いであったと思われていたことが、実は自分の人生にとって大きなテーマであったことを見つけた方もおられるのではないでしょうか。

信仰とは、常に自他共に人生の新たな発見をすることに価値があります。

日々新たに、年を経るごとに新たに、そして神仏への祈りと全託の心は決して変えずに、希望と確信に満ちあふれる姿を世に示していくのが、真の信仰者であり、四聖に生きる人です。

皆様は、この一年、四聖に生きられましたでしょうか?

来年は、人類にとって新たな始まりの年です。

まだまだ困難な状況は続くと思いますが、だからこそ会員の皆様は、この真行を生きる者として、新たな年を人格完成、霊格の向上を成し遂げる絶好の機会としていただきたいのです。

私自身この一年、多くの方に支えられ、無事に過ごさせていただきました。お陰様という言葉が心の底から感じられた、そのような一年となりました。

良きことも悪しきことも、すべて自身の心が映す鑑であるならば、まさにこの一年は良き年であったと、しみじみと感謝の念が湧き起こります。

どうか良き年をお迎えください。新たな年に希望を持ってください。その希望を周りに分かち与えてください。

世界が急に身近に感じられるようになった今こそ、大きな祈りを届ける時です。お互いに、最後まで精進して参りましょう。

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