令和8年度、かむながらのみち例大祭、おめでとうございます。
皆様ご周知の通り、この5月5日は本会の主祭神・天五色大天空大神様が世に出られた日であります。
天五色大天空大神とは大気の神。宇宙そのものは暗黒の世界ですが、地球には大気があり、そのおかげで光は目に見える色となり温かさとなります。そして大気は水を生み、水が生命を育(はぐく)む。すなわち天五色大天空大神とは、見えない世界のお力を、見える世界の働きへと顕現させる神です。
その5月5日の例大祭を、本会発祥の地でありますこの横浜本部の新道場で執行できますこと、かねてよりの念願でありましたが、ようやくその環境が整いました。まさに「リスタート」です。
春は始まりの季節です。終わりと始まり。終わるものがあるから、新しいものが生まれる。その循環の中に、生命のシステム、大自然の法則があるのです。
大自然の法則
日々(にちにち) 三更(さんこう) 朝(あさ) 昼(ひる) 夜(よる)
月々(つきづき) 三則(さんそく) 上(かみ) 中(なか) 下(しも)
四期(しき)の運行(うんこう)は、春(はる) 夏(なつ) 秋(あき) 冬(ふゆ) 如何(いか)なる文明物理化学(ぶんめいぶつりかがく)の力(ちから)にも及(およ)ばざる事(こと)の、大自然(だいしぜん)であります、万事(なにごと)も。
道祖の「五法則」にあります、このお言葉が、今さらながら胸に沁みます。
かむながらのみちでも既に多くの新しい「生命」が誕生しております。
まず、かむながらのみち未来サミット・KМS。おかげさまで13名の方が手を挙げてくださいました。そのメンバー全員の決意表明を本誌に掲載させていただきました(15ページ)が、会の未来に対して、これほど真剣かつ豊かな想いを寄せてくださっている人がいるというだけで、熱いものが込み上げて参ります。
さらに、新生名古屋会場の発足。今から14年前、会員増加に伴い名古屋を第一・第二会場へと分割しましたが、この度、それを統合し、中野孝彦・新会場主のもと、新たな出発をすることになりました。これも「リスタート」、原点に立ち返り、新たな装いのもと、再出発をしようという動きです。
先月末、成就院にて執行された清龍大権現御鏡開眼法要並びに御札入魂も、そうです。元々、故岡田戒玉猊下が御魂入れされた御鏡が、不思議なご縁で私の手元に至った経緯は再三、皆様にお伝えしております。当初、私ごときがこの御鏡を開眼などと不遜(ふそん)極まりないと思ったのですが、「この清龍大権現様のお力が、今のこの世の中に必要である」という神仏からの強い願い、メッセージを頂戴したことから、今回の開眼法要、そして御札を各家庭でお祀りしていただく運びとなりました。
今、あらためて世界情勢をかえりみますと、実に暗澹たる気持ちになります。昨年、今年、そして来年は火の年であり、戦いの火種は広がるばかりと、本年頭で皆様にお伝えはしていたものの、実際その通りの現実、否、それ以上の悲惨な現状を目の当たりにして、「夢を描ける未来創り」という言葉が、どれだけの力を持つのか……と、虚しさが胸いっぱいに広がる時も、正直ございます。
しかし、だからこそ、「与えて求めぬ太陽の心」、小さな想い、小さな願い、小さな祈り、小さな努力を、日々積み重ねていくこと。大変な時こそ、試されているのは覚悟と信念です。まさに「リスタート」、このみ教えの原点に立ち返り、私たちは何のために、ここにいるのか。何をするために、この命を頂戴したのか。目的・ビジョン・目標を常に心の軸に据え、計画・戦略のもとに行動、事あるごとに立ち止まり、振り返り、そして修正した後、また行動。成果を創り出すサイクルは、即ち「ひとが幸せになれる」サイクルでもあります。人生の大きな転換点に立った時ほど、基本に立ち返ることです。
特に会員の皆様と共に、これから実践していきたいことは、自身の生活の見直しです。エネルギー問題、食料問題は、もう危機的状況として目の前に来ています。生活に無駄がないか、驕(おご)りがないか、自分さえよければという、自我充実で生きてはいないか……
物価高に苦しんでいると言いながら、あまりに危機感のない状況の中、私たち信仰者から率先して、人や物を大切にする生き方、「ご縁」を尊ぶ生き方を、今一度、みずから源となって発信していきましょう。
信仰とは生活行です。日々の生活1つ1つを整えるところから始まります。真剣に世界の平和を祈れば祈るほど、1日1日を大切に、真剣に生きるようになるはずです。
身の行ない、発する言葉、胸に抱く想い――この身口意の三業を三密へと昇華する。それは何も難しいことではなく、見えない世界と共に生きることです。先人たちが、ここまで創り上げてきた様々なご苦労、努力、想いを胸に、日々を生きること。それだけです。見えない世界からの想い、願いを決して忘れず、日々を生きる。
顕幽一如とは、決して特別なことではなく、人が当たり前に生きる時、自然と寄り添うあたたかな道。どのような境遇にあったとしても、歓びと確信、そして希望が満ちあふれる、ひとが幸せに生きられる道、それが「かむながらのみち」なのです。
さて、末筆となりましたが、去る4月7日、かむながらのみち教主であり私の母でもあります北川慈敬が示寂致しました。ここに皆様からの生前のご厚誼に深く感謝申し上げると共に、葬儀を親族並びに本部職員で滞りなく執り行なわせていただいことをご報告申し上げる次第です。
既に多くの皆様よりご弔問、お悔みのお言葉などを頂戴しておりますが、その御礼並びに故人の思い出等については、「みさとし・追悼号」として近日、皆様のもとにお届けする所存です。
また、5月27日には成就院本堂におきまして七七日法要、さらに6月26日には横浜ベイホテル東急におきまして故人を偲ぶ追悼式を開催する運びとなりました。会員のみならずご縁ある方々におかれましては、ご臨席を賜りますれば幸いでございます。
この度、忝(かたじけな)くも本山醍醐寺管長壁瀬宥雅御門跡猊下より「慈敬心院智響大僧正」の諡(おくりな)を頂戴致しました。
このご戒名を口にするたびに、亡き教主が昼夜を問わずみ教えの伝導に全国を回られていた姿が目に浮かびます。
私どもは、慈敬心院様が遺された人心救済・世相善導の想いを承け継ぎ、み教えの広がりと世の中の平安を心に描き、さらなる精進をこの例大祭において、神仏の御前において共々に誓って参りましょう。
合掌禮拝