教主からのメッセージ

人類への期待

今年も残すところ、あとわずかとなりました。

この一年をあらためて振り返ってみて、皆様はどのような思いを持たれるでしょうか。

「歴史の一ページに刻まれるような」という表現がありますが、私たちはまさしくその渦中(かちゅう)にいました。イエス・キリストの磔刑(たっけい)、ルネサンス、フランス革命、明治維新……誰もが知っている人類の大きな転換点に、私たちは紛れもなく立ち会っていました。

そう思うと、歴史という時の営みが、まるで大河のように私たち一人一人の命をのせて滔々(とうとう)と流れていることを実感します。

と同時に、その中にいる過去、現在、そして未来の人たちが、その過酷な現実を受けとめつつも、必死になって目の前の「生活」を営んできたのだということに思いが馳せられ、何かすべてが愛(いと)おしく感じられるような想いが心の奥底から湧いてまいります。

「菩薩」というのは、常にそのような心持ちで日々過ごしている人たちのことを言うのではないでしょうか。

一瞬と雖も、祖先を忘るな、断じて忘るな。我等の今日在るは神代の昔より、世界遍照の天業に生き、神の意志、仏の本願を地上に布ける、祖先の申し送りだ。この偉大にして尊き財産を懸命に守るは、我等の第一義的責務である。

私たちの目は、このコロナ禍を通して確実に開かれてまいりました。世界、歴史、人類ということが、文字通り肌で感じられるようになってきました。もちろんコロナ以前からも、私たちはその思いを持って祈りを捧げてきましたが、果たしてここまで実感を伴った祈りになっていたでしょうか。

もし東京オリンピック・パラリンピックが昨年、何の支障もなく開催されていたとしたら、今頃私たちは何の学びもなく、ただの「良き思い出」として次へと進んでいたことでしょう。そう思うと、私は一種の怖ささえ感じます。

神は何一つの例外なく、すべての出来事を通して、私たちを未来へと導こうとされています。

これからの私たちは、「世界を導く」ということを、否が応でも意識しつつ、進んでいくことになるでしょう。環境問題、エネルギー問題、食料問題、人口問題……そのすべてが今の自分自身が取り組むべき課題として、今までにない切迫感をもって目の前に立ち現れてくるはずです。

そして、そのような大きな視野を持ちつつも、同時に、いま自分の周りにいる人たち、家族、職場、地域の方々、そのお一人お一人を大切に、つながりを深めつつ生きていくことが求められてきます。

今いる地にしっかり足をつけ、そして目線は広く世界を見つめ続ける――そのような人物像が、これから期待されることになるでしょう。

期待とは、期を待つということです。相手や状況が良くなることを信じつつ、自分の心の中で高まる思いを感じながら、その実現するタイミングを決して逃さないと意識を集中しているあり方のことです。

よく「君に期待しているよ」と言いつつ、すべてを相手に押しつけて、かえりみない人たちがいますが、それは期待ではなく「無責任」です。

期待とは、相手や世の中とのつながりをより深めようとする心の躍動です。「ご縁」を大切にする心と言ってもよいでしょう。

本当の意味で周りに期待している人のもとには、多くの人たちが集まります。逆に、自分から人が離れていくことを感じたなら、果たして私は周りに期待しているのか、少し自分自身に問うてみる必要があります。

そして何より大切なのが、自分自身に期待することです。

期待が無いところには、何も生まれません。期待があるからこそ、人々は思い描くことができ、その未来に向かって歩み進めることができます。

来年、令和四年はどのような年になるのでしょうか。また、どのような年にしたいでしょうか。お互い様に、しっかりと心に刻み込んだ上で、新たな年を迎えたいものです。

皆様ご周知の通り、新施設建設の計画も着々と進み、来年の今頃には、この横浜本部道場、そして旧成就院は、そのお役目を終えます。前会長と私がこの岡村の地に住み、最初に建てた家は十八坪の二階建て、一階に神前仏前と十畳の座敷ができて、それはもう二人で大喜びしたものです。

あれから六十年近くの歳月を、この道場と共に過ごしてまいりました。その間には数え切れないほどの思い出があり、それはもちろん私どもだけでなく、会員の皆様にとっても想いは尽きないものがあろうかと存じます。それ故、この道場とのお別れについては、来年の感謝祭を中心にその機会を設けたいと思っております。

 そのような意味で、私ども「かむながらのみち」においても、一つの時代が終わりを告げようとしております。そして終わりは始まりでもあるのです。

 これからの会について、私どもが神仏からいただいているお役目について、そして会員の皆様が活躍される未来について、期待と希望は胸一杯にふくらんでまいります。

 ちょうど春の芽吹きのように、人類にとって厳しい冬を過ごした私たちには、これから迎える春を心待ちにする気持ちが、常にも増して高まっています。

そのような機を決して逃さずに、世界中の人々にあまねく神仏と共にある生き方を伝えてまいりましょう。それが私どもに委ねられた「神の意志、仏の本願」でもあるのです。

かむながらのみちとは、神と共に生きる道です。

神仏が私たちに寄せられている期待を受け止めつつ、家族に、職場に、地域に、そして世界に、希望と期待を胸一杯ふくらませ、信仰の心をお伝えし続ける道なのです。

この年末にかけて、皆様は忙しい日々を送られていることと思いますが、どうかお体を大切にして、一つ一つを丁寧に過ごしてまいりましょう。

そして年明けには、皆様の笑顔と出会える日を心待ちにしております。

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