令和8年かむながらのみち感謝祭、洵におめでとうございます。全国から多くの皆様にお集りいただき、また配信により遠地・海外においても祈りを共にできますこと、その歓びを分かち合いたいと存じます。
さて、先の熊本地震をはじめ、豪雨による水害、台風被害など、各地で様々な天災が相次いでおります。先日、私はこの気候変動を地球規模から解析した特集番組を視聴したのですが、分かっていたこととはいえ、あまりにその状況が切迫していることを事実として突きつけられ愕然(がくぜん)としました。
急速に温暖化が進んでいる北極では氷河の後退が加速度的に進み、この40年間で氷が4割も溶けました。その溶けた氷は水蒸気となり、さらに温暖化が進むという悪循環。永久凍土(とうど)とよばれた地域が「永久」ではなくなり、アラスカでは1年間で10センチも地盤沈下。世界各地で深刻な水害も、もたらしています。
海水の温度が上昇することにより、猛暑、豪雨が発生するのは自明の理ですが、問題はその海水は1度上がったら、なかなか下がらないこと。そのため海洋国家である日本は、世界平均の約2倍のスピードで温暖化が進んでいるそうです。今回の千葉、名古屋のような局地的な豪雨が発生することが日常茶飯事となり、台風の勢力も風速50メートルはおろか、70メートル級の「スーパー台風」も今後、日本を襲う可能性がある。
そのため、四季の国・日本が、長い夏から一気に冬へ、そして冬の終わりと同時に猛暑へと、「二季」の国になることは、もう既に私たち自身が実感としていることではないでしょうか。
この地球温暖化を食い止める根本策は、やはり排出する二酸化炭素を減らすしかない。2015年のパリ協定では、今世紀後半までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするため、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べ1.5度に抑える努力をすることが約束されましたが、そのためには毎年10~20億トン、二酸化炭素を減らしていかなければならない。ちなみに日本の年間排出量が10億トンです。
確かにそれ以来、太陽光、風力発電などの再生可能エネルギーは普及してきたのですが、それでも増え続けるエネルギー消費に追いつかず、今から5年以内に平均1.5度の気温上昇は、もう免れないというのが現在の見通しだそうです。
たかが1.5度と思うかもしれませんが、これは自身の体に引き当ててみれば、いかに異常な数値かわかります。普段、36.5度で暮らしている私たちが、38度になれば、辛くて立っていられません。さらに、このまま何の対策もせずにいれば、21世紀後半には4.4度の上昇が見込まれるとのこと。人間が常に40度を超えた状態で、果たして生きていられるでしょうか。まして、地球レベルにおいて……
このようなことは、おそらく皆様も、どこかで聞いたことはある、分かっていたつもりではあると思いますが、あらためてデータとして目の前に見せつけられると、やはり愕然たる思いにならざるを得ません。特に私には子供もいる、孫もいる、そのあどけない子供たちの顔を思い浮かべた時、果たして未来にどのような環境を残していけるのかと、決して他人事ではない想いが沸々と湧いてまいります。
2020年、まだ記憶にも新しいコロナ・パンデミックの時、世界中がロックダウン、皆が外出を控え、交通、産業、経済など、多くの人間活動が強制的に止められました。その結果、世界全体の二酸化炭素排出量は年間で5パーセント減少。2020年だけで20億トンの削減がなされたということです。
当時、私自身も強く実感していました。人は辛く、苦しい思いをしているけれども、自然はむしろ喜んでいる。「コロナ・ウイルスからの手紙」という詩を、私は会合やウェブ講演会でご紹介しましたが、ある意味、それは私たちへの警告というか、進むべき方向を示してくださった神の意図でもあったわけです。
もちろん、その当時の苦しさを再現する、というのは無理なことです。人間の活動を制限するだけで、二酸化炭素の排出を実質ゼロにするというのは不可能です。だからこそ、人は智慧を持ち、創意工夫し、新たなものを目指していくのです。
先の番組では、宇宙太陽光発電や、温暖化を食い止める切り札として空気中の二酸化炭素を吸着する装置の開発などを紹介していました。もちろん、まだまだ試行錯誤の段階ですが、若い世代の研究者たちが、決して未来を悲観することなく、何とか現状を打破しようと懸命な努力を続けている姿に心打たれました。
そして、私たちができることは、こういった地球規模で政策を考えていく政治のリーダーを選ぶこと。時代を決めるのは「政治・教育・宗教」だというのは、私が再三、申し上げていることですが、ダイレクトに今の現実を動かしていくのは、やはり政治です。その政治家を選ぶのは、他ならぬ私たち自身であるという当事者意識の育成です。
さらに、自身の地域を自分たちで創り出していくこと。今回の千葉、名古屋等、日本各地で発生した豪雨は「観測史上初めて」という言葉が当たり前になるほど、これまでの対策では追いつかない状況を示していました。
これまで私たちは、どこか「防災は行政サービス」という観念があったのではないでしょうか。しかし、もう行政だけに頼る在り方では限界があるのです。これからは、行政・地域が共に創り出す、「助ける」「助けられる」ではなく、共に「助かる」社会のため、私たち自身がそれぞれの地域のことにもっと参画していく必要があるのです。
もちろん、これまでやってきたエコ活動等は、引き続き継続していくことが大切です。ただ、それだけでは間に合わない。私たち自身のパラダイムシフト、視点をさらに大きく、地球希望で現状を見て、考えて、そして行動していく生き方。その生き方を創り出すのが、他ならぬ「祈り」なのです。
この感謝祭で毎年、執行しております『仁王護国般若波羅蜜多経法(にんのうごこくはんにゃはらみたきょうぼう)』。この仁王法は810年、時の嵯峨(さが)天皇が朝廷内で起こった内紛により未曾有の国難に陥っている状況を救うべく、唐より帰国した弘法大師空海に鎮静の祈りをご依頼されたことに由来します。空海はこれを受け『仁王経法』を厳修、不眠不休で祈り込み、内紛を収め、世は平安を取り戻したと歴史にあります。
実に1400年の悠久の時を経て祈り継がれてきたこの大法は、真言密教の中でも秘法中の秘法、三密加持(さんみつかじ)の究極の奥義とされています。
特にこの仁王経法は「七難即滅(しちなんそくめつ)・七福即生(しちふくそくしょう)」、すなわち七難を滅して国土に安寧をもたらす法ではありますが、では、その「七難」とは何か。経典ならびに註釈書によると、以下の7つとされています。
一、日月失度難(にちがつしつどなん) 太陽・月の運行・現象の異常
二、星辰失度難(せいしんしつどなん) 天文の異変
三、災火難(さいかなん) 大火
四、雨水変異難(うすいへんいなん) 洪水・異常降雨・季節外れの積雪
五、悪風難(あくふうなん) 激しい風による災害
六、亢陽難(こうようなん) 日照りによる干ばつ・飢饉
七、悪賊難(あくぞくなん) 戦乱・社会秩序の崩壊
これを見たとき、今こそ、この祈りが切実に必要とされている。そう思わない方は、おそらくいらっしゃらないでしょう。
もちろん、これは秘法中の秘法であり、容易に修することのできるものではありませんが、今こそこの法が必要であると、私自身、故仲田順和(なかたじゅんな)・前御門跡猊下に懇願し、忝くもお許しを賜ってのものであります。
確かに、この法は鎮護国家の祈りとして、我が国では天皇陛下を願主として営まれてきた歴史があります。ですが、誰かに「祈ってもらう」時代では、もうないのです。私たち自身が源となって、この有難くも尊き法に参座し、世界人類全体の想念を高めていく、覚醒していく力となるのだという気概と信念を持って、祈り、祈り、また祈り込んでいただきたい。そのような祈りが、政治を、科学を、地域を、そして一人一人のライフスタイルを変えていくのです。すべては祈りから始まるのです。
先の熊本地震、また3度にわたる千葉県の豪雨被害について、これは平成23年・東日本大震災の時にも神意としてご示唆されたことですが、日本の裏鬼門(西南)から鬼門(東北)へと、エネルギーがまっすぐに抜けていく。日本は龍体ですから、その日本が覚醒することにより世界人類の覚醒へとつながるのです。そのためにこそ、日本各地で敵味方の生霊想念として残存する御霊――アイヌ、熊襲(くまそ)などの先住民族、先の大戦の犠牲者の方々など、これからも各地で、それぞれの地域に根差した祈りを、さらに高く広い心で続けていく必要があるのです。
先の番組の終わりに、宇宙飛行士の野口聡一さんが、宇宙から見た日本の姿についてふれられていました。夜の日本は世界のどの国より明るく、くっきりと日本列島の姿で浮かんでいるそうです。それを見た他国の人たちは「きれいだ」と言ってくださるのですが、野口さんとしては、それを複雑な思いで聞いていたそうです。なぜなら、それは夜を照らすエネルギーを、どの国よりも使っているということだから……
世界は、地球は1つです。私たちの日常の営みそのものが、世界へと影響を及ぼしています。それは行動だけではない、口に発する言葉、心に思うこと、身口意(しんくい)の三業(さんごう)を三密(さんみつ)に変える。私たちの教えの根幹を、どうかこの感謝祭という機会に、あらためて思い起こして参りましょう。
本日は第2部として「感謝のつどい」がございます。自身が、いかに有難くも勿体ない環境で「生かされている」のか、そのことを再度、心に落とし込む大切な時間です。
かむながらのみちとは、自身の日々の生活と、世界の行く末とを1つにして進む道です。これからの未来を、一人一人が源となり、共に創り出して参りましょう。
合掌禮拝