会長からのメッセージ

慈敬心院様から託されたもの

4月7日に慈敬心院様が示寂され、5月27日の七七日法要、6月10日の納骨式を経て、6月26日の追悼セレモニーと、故人を偲び霊界へと御霊をお送りする儀を粛々と執行して参りました。

この間、実に数多くの方がご弔問、あるいはお心を寄せてくださり、特に追悼セレモニーにおいては各界から大勢のご来賓の先生方にご臨席賜り、また全国各地よりご縁ある方々が集われ、心から哀悼の意を捧げてくださいましたこと、本会の代表として、また喪主として改めて厚く御礼を申し上げる次第です。

令和8年4月7日21時45分、慈敬心院様はまるで瞑想しているかの如く、静かに、そして安らかに88年というその世寿を全うし、霊界へと旅立たれました。

4月13・14日の通夜・告別式は親族と本会職員のみで営ませていただきましたが、その際、かたじけなくも総本山醍醐寺百四世座主 壁瀬宥雅御門跡猊下より「慈敬心院智響大僧正」という誉(ほまれ)高(たか)き法位を頂戴いたしました。そして総本山醍醐寺宗務総長・大原弘敬先生御導師のもと、しめやかに見送りをさせていただきました。

――慈敬心院様は、昭和12年9月12日、大阪・阿倍野にてご生誕され、その後、愛知県名古屋市でお育ちになられました。

小学校5年生の時、私にとっては祖母となる中村房江様と共に道祖解脱金剛尊者のみ教えにご縁をいただき、信仰の道に生きることを決意されたと伺っております。

その後、単身で東京に出られ、昭和32年10月、前会長・和光心院様とご結婚されました。昭和38年4月、横浜市磯子区岡村町に移り、和光心院様が営む金型設計のお仕事を支えながら布教活動にいそしまれ、その2年後、宗教法人解脱会横浜岡村町支部を設立されました。

昭和63年、自己成長の先進的なプログラムに出会い、多くの人を教え導かれました。また、古神道本宮身曾岐神社、真言宗醍醐派総本山醍醐寺において、神道、仏教それぞれのご法脈に導かれ、「神仏和合」のみ教えを確立していかれました。

そして、これからの時代に合う新しい信仰の形を世にもたらすことを決意され、平成11年5月5日、「かむながらのみち」立教。教主として、前会長・和光心院様と共に人心救済・世相善導の道を邁進されました。

慈敬心院様は常に戦争・災害などで亡くなられた方へ想いを寄せられ、日本各地で祈りを捧げてこられました。その平和を願う祈りは海外へも及び、台湾、サハリン、そしてネイティブアメリカンの聖地であるセドナへは何度も足を運ばれ、現地の方と親交を結び、共に祈られました。

慈敬心院様は、どんな時も会員の皆さまのもとへ駆けつけ、共に人生の課題と向き合われました。その結果、当初は300世帯ほどだった会が、今では全国10会場、2000人を超える方たちが学んでいます。

平成19年5月1日、かむながらのみちが文化庁より宗教法人として認証され、その設立記念式典では、全国の皆様と共に歓びを分かち合われました。

平成20年6月10日、長年、この道を共に歩まれた和光心院様がご逝去されました。その悲しみを胸の内に秘め、翌年の十周年記念式典に臨まれ、全国会員に励ましの言葉をお伝えになられました。

平成23年の東日本大震災発生の際には会員代表と共に被災地の巡礼をされ、また令和3年、コロナ禍が世の中を席巻すると、映像によるメッセージを毎月発信し、全国会員の心の支えとなられました。

令和6年11月3日 かむながらのみち立教二十五周年・新本部道場 落慶記念祝賀会では、サプライズでご登場され、全国の皆様から祝福と感謝の想いが寄せられ、共に幸せで温かなひと時を過ごされました。

そして、令和8年4月7日 静かに霊界へと旅立たれました。

慈敬心院様の人生、それはただひたすら、まっすぐに、人が幸せに生きる道、かむながらのみちを世の人々に向かって伝え続けられた日々でした。私どもは、そのお心を受け継ぎ、これから未来へ、しっかりと、つなげて参る所存です。

こちらは私事となりますが、7月8日には私の三男・大原成敬のところに4人目の女児が誕生、さらに長男・亮成のもとでは第二子の養子縁組がなされるなど、慈敬心院様が遺された「種」が、確実に芽吹き、広がっていることをまざまざと感じております。

私は慈敬心院様から、実にたくさんのことを学びました。中でも、私が人生の指針として大切にしていることが2つあります。まず1つ目が、「一に神仏事、二に先祖事、三に他人(ひと)事、四に仕事、五に自分事」という、道祖解脱金剛尊者からお伝えされてきている、人生の大法則です。

私たちの命、これは決して自分自身が創り出したものではありません。すべて神、仏とよばれてきた存在によって生かされているものです。そこにまず感謝と畏敬の念を抱かずしてうまくいく人生などあり得ません。

さらに、その命の直接の源であるご先祖、中でも最も近いご先祖である両親、その「おや」への想いがあってこそ、良きご縁に恵まれるのです。赤ん坊は決して1人では生きていけません。必ずや両親、また近しい方からの「育(はぐく)み」があってこそ、この世で一人前として暮らしていけます。その御恩を決して忘れてはなりません。

そして3番目に他人(ひと)事です。世のため、人のためにみずからの命、時間を使うこと。目の前の人がいて、初めて次の4番目、仕事が成り立ちます。「仕事仕事と、目の前のことばかり一生懸命になっても、決していい人生は送れませんよ」と、常に慈敬心院様はおっしゃっていました。

そして最後に自分事です。以上の順番を守れば、自然と自分は満たされていく。欲しい欲しいと殊更に望まずとも、この人生の優先順位をしっかり守っていけば、おのずと人は幸せになっていく。逆に、何かうまくいかない、運ばれていないと感じたら、真っ先にこの法則からズレていないか、見直しなさいと、これも慈敬心院様が常に口にされていたことで、私も事あるごとに会員の皆さまにお伝えしております。

そして、2つ目として、「決めたことは、必ずやる。何でもやる。今すぐやる。できるまでやる」と、この決断力、実行力です。これは、まさに慈敬心院様の人生そのものを表わすお言葉でした。

慈敬心院様の人生を身近なところで見ていた者として、それは決して平坦な道ではありませんでした。まさに波乱万丈。正直、「さすがに、今回は無理ではないか」と思う場面も多々ありました。ですが、慈敬心院様は、決して諦めることなく、「決めたことは必ずやる、できるまでやる」、その信念と実行力で、人生に成果を創ってこられました。

もちろん、時には清濁(せいだく)併せ飲まれたことや、私から見て「こんな時に、他人様のお世話などしている場合ではないだろう」と思った場面も多々ありました。ですが、慈敬心院様は、「だからこそ、他人様のために動くことが大切なの」と、そのお志を曲げることなく、人心救済・世相善導の道を邁進されていきました。それは、まさに神業(かみわざ)とよべる人生。事実、何よりも日々の祈りを大切にし、神仏のお力をしっかりとその身にいただき、人生のあらゆる困難に立ち向かっていかれました。

それは雄々しくも凛々(りり)しい、それでいて常に慈敬心院様の周りには笑顔、歓び、楽しみがあり、共にいる誰もが温かで優しい気持ちになれる、そのような人生を駆け抜けてこられました。

4月14日、告別式が終わり、いよいよ棺(ひつぎ)の蓋をとじ、斎場へと向かうという、まさにその時、私の口から出た言葉は、「大往生、おめでとう!」という言葉でした。それは、慈敬心院様のご生涯を思い、魂の奥底から湧き出た歓喜と崇敬の言葉でした。

そして、6月26日の追悼セレモニーにおいても、式の締めくくりとして、集われた五百五十余名の方々と共に、祭壇の御遺影に向かって、「大往生、おめでとう!」とお言葉をかけさせていただきました。それは、慈敬心院様が、何よりも前向きで、明るく、楽しく、元気なお姿であったことへのリスペクトであり、これから私どもが、和光心院様・慈敬心院様が遺されたこの道を歩む決意の表明でもありました。

最後になりましたが、この度、慈敬心院様と深きご縁のありました真言宗醍醐派総本山醍醐寺座主・壁瀬宥雅御門跡猊下、熊野速玉大社宮司・上野顯先生、熊野本宮大社宮司・九鬼家隆先生、伊弉諾神宮宮司・本名孝至先生、そして古神道本宮身曾岐神社宮司・江沢泰一先生より、故人を偲ぶ玉稿を賜りました。ここに改めて謝辞を述べさせていただくと共に、謹んで掲載をさせていただきます。

また、6月14日の葬儀にあたりましては、畏くも本山醍醐寺の壁瀬御門跡猊下より諷誦文(ふじゅもん)を頂戴いたしましたので、慈敬心院様のご生涯を偲ぶよすがとして、併せて全文を掲げさせていただく次第です。

合掌禮拝

諷誦文

夫レ惟レバ 諸行無常ハ如来ノ金口 寂滅為楽ハ覺者ノ誠言ナリ

爰ニ慈敬心院智響大僧正 故北川慈敬かむながらのみち教主ハ 昭和十二年九月十二日大阪府阿倍野ノ地ニ生ヲ受テ 幼少ヨリ解脱金剛ノ御教ニ帰依ス 資質温順 容姿端麗ニシテ団欒和楽 昭和三十八年四月横浜市磯子区岡村町ニ解脱会横浜岡村町支部ヲ設立シ 支部長和光心院慈鳳大僧正ニ侍シテ貞粛 二男三女ノ子達ヲ教養シテ倦マズ 奥様先生トシテ永キニ渡リ支部ノ繁栄ヲ計ツテ飽カズ 三宝篤信ノ浄業ハソノ擧措ニ表ハレ聡明謙虚ニシテ四隣ヲ朗カニス

金智院大僧正英山大和上カラ指導者トシテノ訓育ヲ受ケ 更ニハ
醍醐寺百三世順和座主カラ醍醐ノ妙味ヲ嘗ル 出テハ山梨県北杜市身曾岐神社 故坂田安儀元宮司カラ古神道ノ薫陶ヲ受ケ 二種相伝ノ奥義ヲ究メルニ至ル

此レニ依ツテ平成十一年五月五日 神仏和合ノ御教「かむながらのみち」ヲ前会長慈鳳大僧正ト立教シ 殊ニハ平成十九年宗教法人トシテ認証サレル 受法ノ弟子数百 結縁ノ檀那数万也 敬仰スルコト慈母ニ侍スルガ如シ

圖ラザリキ御姿暮雲ニ隠レテ聲咳金風ニ絶ユ 別涙雨ノ如ク愁嘆煙ニ似タリ

嗚呼 悲シイカナ

然リト雖モ 恵業 佛果ヲ招キ 兜率天上ニテ慈鳳大僧正ト共ニ自楽ノ喜ビアラン

アビラウンケン アビラウンケン

維時 令和八年四月十四日

総本山醍醐寺座主
大本山三寶院門跡
大僧正 宥雅

敬白

-会長からのメッセージ

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