会長からのメッセージ

夢を描ける未来創り

今月は春季理趣三昧供養、そして来月は聖地巡拝と、大切な行事が続きます。

この理趣三昧供養の原点をさかのぼりますと、道祖・解脱金剛尊者が始められた「萬部(まんぶ)供養」に由来しています。

昭和9年、道祖のもとに次のような知らせが飛び込んできました。ある会員さんに霊界からお知らせがあり、萬部供養をしてほしいとのこと。ただ、日蓮宗などにおいて法華経千部で供養する「千部供養」というのはありますが、萬部供養というのは聞いたことがない。そこで、その下がられた御霊に尋ねると、「私は日蓮宗の僧侶でしたが、霊界に入って萬部供養という真に尊い供養があることを知りました」と告げられたのです。

そのことを聞いた道祖は即座に、「そうか、とうとう霊界からの要求があったか。それではさせていただかねばなるまい」と、まるでそのことを予期していたかのようなご返答をされました。そして、そのための供養法・執行証を整えられ、その年の秋から第1回の萬部供養を始め、以降、春と秋の年2回、執行するようになったのです。

当初から、会員各位が申し込まれた御霊は、ご縁ある物故者と共に「大祖元以来先祖代々之霊」「祖先代々関係無縁之霊」「祖先代々関係生変萬霊(せいへんばんれい)」「祖先代々関係鳥獣魚霊(ちょうじゅうぎょのれい)」「修身安楽」など、今の私どもがご供養願う御霊に通ずるものが数多くあります。

また、昭和12年、日中戦争が勃発してからは、自身に関わる先祖霊だけではなく、「皇軍出征(こうぐんしゅっせい)戦病死者之霊」「太古以来軍馬犬鳩(ぐんばけんはと)之霊」、さらには「太古以来敵味方無縁一切之霊」と、戦争にまつわるすべての御霊の供養を奨励されました。

この時代は、言論統制、宗教弾圧が厳しさを増しており、そのような中で自国の御霊だけでなく敵国の戦死者も共に供養するということは、今では考えられないくらい非常にリスクが高い――下手をすれば会の取りつぶしも覚悟しなければならない状況でした。

ですが、道祖は周りの人たちの「このことが当局に知られたら…」という懸念・心配を一切寄せ付けず、覚悟と信念をもって敵味方一切の御霊の供養の大切さを説き続けられたのです。その思いに呼応して、自身にご縁ある御霊ばかりでなく「公(おおやけ)の供養」が、この萬部供養の大いなる特色となったのです。

私どもの理趣三昧供養は、この道祖が始められた萬部供養について、弘法大師空海が密教の根本経典として定められた『般若理趣経』を所依とし、この世に生を享けた全ての御霊を浄化供養し尽くす法として整えさせていただいたものになります。そしてさらに、かむながらのみちの根幹であります神仏和合の精神にのっとり、供養執行の間は、身曾岐神社・天空神の間において中臣御祓による御霊の鎮魂行も執り行なわれております。

このような鎮魂・供養の法は宗教界広しといえども、類(たぐい)まれなものと私は自負しており、その法をお預かりする身としての責務の重さは重々承知しております。そして道祖がこの萬部供養を始められた時の思い、就中(なかんずく)、敵味方を共に供養する「公の供養」――「敵も味方も共に自国には忠なるもの、怨親平等の供養をせよ」と説き続けられた道祖の覚悟、信念を今一度、思い起こし、この春も理趣三昧供養前行、そして本供養に臨む次第であります。

どうか会員各位におかれましても、自身が申し込まれた御霊への思いはもちろん、より広い心で、今の混迷きわまる世の中を霊界からお救いするため、すべての御霊の霊格向上、鎮魂成仏を願う行を共にしていただきたいと強く願います。

そして来月、京都・醍醐寺、奈良・橿原(かしはら)神宮、そして伊勢神宮を巡る聖地巡拝が執り行なわれますが、この行事も道祖が昭和16年に始められた「三聖地(さんせいち)巡拝」に由来します。

この三聖地巡拝は、伊勢神宮、橿原神宮、そして京都の御寺泉涌寺(みてらせんにゅうじ)へと巡拝させていただく行事ですが、実は当時、泉涌寺は御皇室の菩提寺として一般の人たちには「拝観謝絶(はいかんしゃぜつ)」という姿勢を貫いていました。

ですが道祖は、「子供が親元を訪ねることに、何の支障があるか」と、当時の泉涌寺長老のもとへ何度も足を運び、その度に熱意をもって懇願されたのです。その甲斐あって、昭和16年4月、一般会員の巡拝が執行される運びとなりました。

第1回目は道祖を始めとするわずか6名の巡拝団でしたが、翌年には600名を超える巡拝となりました。が、その前年末には大東亜戦争が勃発、様々な物資の欠乏、交通網も実に厳しい情勢となりましたが、道祖は不屈の精神で巡拝を挙行、当時の会員はその思いを受け、使命感をもってこの巡拝を継続していき、それは戦中、戦後も変わることはありませんでした。

道祖は、第2回目からは自身は行程を共にせず、会員が自主的に巡拝を成し遂げ、その歓びと達成感をみずから創り上げることを願いました。そして巡拝が行なわれている間、道祖は本部のご神前にじっと座り、ひたすら行程の無事安全と成功を祈られていたとのことです。

道祖は、巡拝団が出発する際、参加者にその心得として、常に「これは世界人類を代表しての巡拝である」と語られていました。そのお心は、世界の各国には、それぞれの基となる神仏がいらっしゃる。その基に思いを馳せ、礼節を踏み行なう精神を、この巡拝でしっかりと養い、世界の平和を創り出してほしいという願いだと拝察いたします。

私どもの聖地巡拝は、伊勢神宮、橿原神宮、そして法脈の祖であります醍醐寺へと参拝させていただく形にしておりますが、その根本精神は、道祖のお遺しになられた国を想うお心、世界の平安を願う祈りと行動を継承しているのです。

本年のテーマ、「かむながらのみちリスタート」、リスタートとは再始動、再出発という意味ですが、これは全く新しいことを始めるということではなく、まず原点に返る。原点回帰。そこにある元の想い、願いを継承し、そして新たな道行きを共に踏み出す、という意味合いに他なりません。

先月、私は各会場に向け「太陽心」という書をお配りし、本誌にも掲載させていただきましたが、この「与えて求めぬ太陽の心」というお言葉にも、道祖の深い想いが込められています。

私どもの会は、設立してまだ27年という若い教団ではありますが、その根底には道祖・解脱金剛尊者が激動の時代の中、人心救済・世相善導にかけられた想い、願い、さらには道祖ご自身もみ教えの基盤となされた日本人が本来、大切にしてきた祈りを中心とした生活、大自然を「いのち」として敬う感性と、感謝と報恩の生活があるのです。

私どものみ教えに貫く、この道祖の想いと事績については、慈敬学院・中級編で詳しく皆様にお伝えしておりますが、どうか会員の皆様におかれましては、このような先人たちの強い意志――誇りと確信をもってみ教えを伝道・伝導されてきた伝統に想いを馳せていただき、この与えられた環境が決して当たり前ではないこと、み教えにご縁をいただかれた感謝の念を新たにしていただくことを強く願います。

このところ各会場で私がお伝えしておりますように、ご縁は「結縁(けちえん)→隨縁(ずいえん)→尊縁(そんえん)」という道行きを育(はぐく)むことが大切です。

いくら尊いご縁をいただいた、ご縁を結んだからといって、その縁に随(したが)い、尊ぶという心、行ないがなければ、その縁は簡単に「無縁」となります。その無縁の積み重ねこそが、不幸、不運の源に他なりません。

幸せな人生を歩みたいのであれば、答えはただ一つ、「いただいたご縁を大切に育てること」、それ以外にありません。ですが、世の多くの人たちが、そのことを忘れ、今いただいているご縁をないがしろにし、もっとないか、もっとほしいと、欲の人生を生き続けているのです。

「自我充実は、家も国も世界も皆亡びる」とは、道祖のお言葉ですが、もっとほしい、もっともっと、という自我充実こそが諸悪の根源です。「おれがおれがという『が』を捨てて、おかげおかげの『げ』で生きよ」――私たちは、常に自己反省・自我没却、敬神崇祖・感謝報恩、道祖が人生をかけてお伝えされた心を、この時代に、この世界に、新たに広めていく使命・責務があるのです。

再来月の5月5日は、横浜本部道場におきまして例大祭が挙行されます。私どもの会で最も大切な日を前に、今一度、原点回帰、み教えの基に心を据え、大祭当日は、新たなる飛躍を共にご宝前でお誓いさせていただきましょう。

最後になりましたが、この度、「夢を描ける未来創り」を実現すべく、「かむながらのみち未来サミット(KMS)」を発足する運びとなりました。詳細は本誌16ページに記載しておりますが、特に若い世代の人たち、また現在、社会で広くご活躍されている方たちを中心に、自由な発想と想いを結集するチームとなります。

どうか、これからのかむながらのみち、さらにはこの混迷きわまる世情に一筋の光をともすべく、多くの方の参画を切に願っております。

合掌禮拝

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