会長からのメッセージ

世を活かす

令和5年度かむながらのみち例大祭、洵におめでとうございます。先日コロナウイルスの感染法上の位置付けが季節性インフルエンザと同じ5類へと移行される旨、政府から通達があり、公共機関を始めとした社会的活動にも様々な変化が出始めております。私どもかむながらのみちにおきましてもここ数年来、施して参りました人数制限の枠を取り払い、此処身曾岐神社に於いて文字通り全国会員の皆様と共にこの佳き日を迎えることが叶いました。まさに「新たなスタート」です。

横浜本部では来年の新本部道場完成に向け本格的な工事が始まっております。そのため5月5日の立教記念祭は成就院本堂に祀られております仮神殿に於いてではありますが、無事斎行の運びとなったことも併せてご報告申し上げます。

この例大祭は本会主祭神、天五色大天空大神のみ祭りです。天五色大天空大神とは道祖解脱金剛尊者が感得された神であり、本会では特に「大気の神」としての意味・意義を強く会員諸士に説かせていただいております。

「宇宙そのものは暗黒の世界です。しかし地球には大気があり、それを通すことによって、光は目に見える色となり、温かさとなり、森羅万象全てを育む源となります。光を我々の現実世界に顕現させるのは大気の存在です。そして大気は水を産み、水が生命を育みます。天五色大天空大神とは、いわばこの大気の神です。見えない世界のお力を、見える世界の働きへと顕現させる神です」。

この例大祭とは、天空神―― 天五色大天空大神様への崇敬と礼節の道を踏ませていただくと共に、常日頃当たり前のように存在する大気が如何に有難いものであるかを自覚する如く、日常、平常の有難さ、命の尊さ、萬物萬霊によって生かされているという命の理(ことわり)を心中深く見つめるみ祭りとして、全国会員と共に深い祈りを捧げる場でもあるのです。

さて、先月は例大祭同様、本会四大年中行事の一つとして欠かせない聖地巡拝が挙行されました。こちらも様々な制限を緩和し、全国より約80名の参加者と一泊二日の行程を共にすることが叶いましたが、特に海外からの会員も含めた初参加の方が13名、各々が実に良い体験をされていたことが印象的でした。

巡拝初日・4月15日は雨の中の伊勢神宮参拝となりましたが、これは私にとって予想通りの運びでありました。

というのも、この4月15日は大自然の運行から導き出された陰陽五行の法則を表わす干支(かんし)では「癸卯(みずのとう)」の日。皆様ご承知のように本年令和5年の干支と同一であり、これは原理として年に5~ 6回(本年は6回)しか合致しません。そして陰陽道の世界では、この年と日が符合する日には、その年の意味が大自然の現象としてまざまざと表わされると説かれております。

癸とは天においては雨、地においては川、人にあてはめると智慧、また「清め」を意味します。故に私は巡拝の一週間ほど前から、この日に天から水をいただくことは覚悟の上であり、またきわめて自然なこととの思いがありました。

しかも名古屋から伊勢外宮に到着するまでは土砂降りといっても過言ではない天候が、御垣内参拝(みかきうちさんぱい)が始まったと同時に小雨となり、以降もそのしっとりした空気に包まれ、むしろさわやかな気持ちで伊勢を巡拝することができました。まさに清めの雨、恵みの雨でありました。

さらに、これは年度当初から再三申し上げていることではありますが、癸とは空間としての十干が終わる。ものごとにケリをつける完了の年。そして卯とは、すべてが二極化し、良きもの、悪しきもの。本物と偽物。すべてが開かれ、洗い出されるという意味。そのため本年のテーマ「今の選択が未来を決める」とは、文字通りまさに今、この時にすべてを完了し、次に向かう大選択をしなければならない年回りであることを、会員諸士は深く胸に刻まれていることと存じます。

その癸卯の年の癸卯の日、私どもが日本聖地の根幹であります伊勢巡拝を挙行しているまさにその同時刻において、昨年のあの惨劇を再現するかのように、和歌山市で岸田総理を襲撃した事件が起ったのです。

幸いにも、今回は命を奪われるような大事件とならずに済みましたが、これを偶然と片付けるには、あまりにも符号が合い過ぎる。私はこの事件をその日の巡拝後、ホテルのテレビで流れていたニュースで知りました。先にもお伝えしたように、私は今回、大自然の法則から言っても何かが起こるであろうことは予想していたものの、ここまで天からのメッセージが直截(ちょくせつ)であることに驚くと共に、文字通り「待った無し」の状況であるとの思いを深くせざるを得ませんでした。

日本人が政治の世界、「まつりごと」に対して、あまりにも無頓着過ぎる。まるで被害者であるかのように、不満や自己の正当性ばかり主張し、自身が国創りの源であるとの自覚がない。そのような日本人に対しての警鐘であり、この国の政治を真の意味での「まつりごと= 祭り事」とするべく、私どもかむながらのみち会員は命を懸けて祈り、行動していかねばならない―― そのような決意を新たにし、次の日の巡拝に臨んだのです。

翌4月16日は干支でいえば「甲辰(きのえたつ)」の日。新たな空間の始まりを意味するその日は、前日とはうって変わり、すっきりとした青空が広がる中の巡拝となりました。

早朝の奈良・橿原神宮では久保田昌孝宮司直々のお出迎えをいただき、また吉山本部長の長男であり私の甥でもある吉山慎太郎君が先導を務めてくれました。我が身内ながら頼もしい青年に育ってくれたものだと、まるでこれからの未来そのものを先導してくれてるような希望を感じることができました。

橿原神宮での正式参拝を終えた後、神武天皇御陵へ。今回の巡拝は、まさにこの初代天皇が日本という国の礎を開かれた地、すなわち「まつりごと」発祥の地で祈りを捧げることが目的といっても過言ではありません。まして前日の事件をまざまざと見せつけられた中、この国の再生・創成を誓う祈りを捧げる心に一点の曇りも無し。今回同行が叶わなくとも必ずや各々の家庭で祈りを捧げられているであろう全国会員の思いも一身に受け、参加者一同とあげる祝詞は朗々と青空に響き渡りました。

その後、バスは京都・醍醐寺へ。本山では柴燈護摩の厳修、金堂における御法要と、例年同様の行程ではありましたが、常にも増してお供えするお経の声に力が込められました。

そして御寺泉涌寺(みてらせんにゅうじ)を参拝。本堂でご挨拶の後、月輪御陵(つきのわごりょう)にて歴代天皇の御霊に向かって祓い祝詞の奏上。最後に解脱金剛宝塔にて道祖に本巡拝の御礼と、あらためてこのみ教えに生きる誓いと覚悟をお伝えし、今年の聖地巡拝の行程を無事終えることができました。

実は全く意図していなかったことですが、今回の巡拝を振り返りますと、日本の総氏神様であり神々の地である伊勢から始まり、初代天皇が開かれた奈良・橿原、そして私どもの法脈の祖である醍醐寺、歴代天皇の御霊が祀られている泉山(せんざん)、最後に道祖が眠られる宝塔と、常世(とこよ)から今の私たちの現世(うつしよ)へとまるで川の源流を遡り、そこから滔々とした流れに沿って大海にまで至ったかのような道程となっておりました。

そのことを思うと、この国の今の現状と、私どもの会が神仏よりいただいている責務の重さ、尊さ。もちろんこれは決して傲(おご)り高ぶるという意味ではなく、しかしそこに誇りと確信をもって受け止めるべき天からの強いメッセージがあるとの思いを新たにし、この意義深き聖地巡拝は幕を閉じたのです。

人智(じんち)如何(いか)に開(ひら)けたりと雖(いえど)も宇宙(うちゅう)の神秘(しんぴ)に比(ひ)すればなお九牛(きゅうぎゅう)の一毛(いちもう)にも足(た)りない。而(しか)もこの人智(じんち)たるや神慮(しんりょ)によってわずかに開眼(かいげん)せられたものが其(そ)の片鱗(へんりん)を窺(うかが)い得(え)た結果(けっか)に外(ほか)ならぬ。

科学者(かがくしゃ)などが自然(しぜん)を征服(せいふく)したなどといっているのも、実(じつ)は自然(しぜん)の法則(ほうそく)に便乗(びんじょう)し、僅(わず)かに之(こ)れを利用(りよう)さして貰(もら)っているに過(す)ぎない。神(かみ)を知(し)らざる人間(にんげん)は要(よう)するに盲目(もうもく)同然(どうぜん)である。めくらの世渡(よわた)りや経世(けいせい)程(ほど)危険(きけん)なものはない。人世(じんせい)の過去(かこ)の罪悪(ざいあく)も、社会(しゃかい)、国家(こっか)の苦難(くなん)も、世界(せかい)の禍乱(からん)も皆(みな)神(かみ)より離脱(りだつ)したる所(ところ)から来(く)る。神(かみ)に復帰(ふっき)することは絶対(ぜったい)の要件(ようけん)である。

人(ひと)は神(かみ)によって生(い)かされている。神(かみ)の分身霊(ぶんしんれい)である。肉体(にくたい)が宇宙現象(うちゅうげんしょう)のまにまに生(い)きている如(ごと)く、精神(せいしん)も亦(また)神(かみ)のまにまに生(い)きなければいけない。茲(ここ)に瞬時(しゅんじ)も神(かみ)と離(はな)れることの出来(でき)ない本則(ほんそく)がある。

故(ゆえ)に神(かみ)を意識(いしき)し、神(かみ)に通(つう)じ神慮(しんりょ)のまにまに生(い)きんとする神人世活(しんじんせいかつ)は最(もっと)も自然(しぜん)の道(みち)であり、人間生活(にんげんせいかつ)の根本道(こんぽんどう)である。

(『真行』「神人世活の意義」より)

さて、ここからは先月に引き続き、道祖『真行』冒頭の一節「神人世活の意義」の御文章を拝読し、そのみ教えを皆様と共に味わっていきたいと存じます。

先月は「神人合一」という言葉に着目し、その思想は決して道祖の憶説妄説(おくせつもうせつ)ではなく、むしろ日本人の伝統的な考え方、命への感性、生き方そのものを正当的に継承されていたことを明らかにしました。

そしてさらに道祖はこの箇所で、「人は神によって生かされている」「瞬時も神と離れることの出来ない本則がある」と、神人合一、神と人とが一体となることで、はじめてこの現実世界が成り立つのだということを強く訴えかけておられます。

ですがまた道祖は、朝から晩まで祈っていればよい、神人合一のためには世を捨て修行しろ、などと言っているのではありません。またそこまで極端ではなくとも、「神のお告げであるから、何々を差し出せ」とか「仏罰が当たるぞ」などと、極めて低次元な話をしているのでもありません。

道祖はことある毎に「信仰すれば笑われるのは当然ですよ。信仰だから笑われるのです。笑われるのは信仰でしょう」と、つい迷信的に信仰を捉えがちな人々に痛烈痛快なお言葉で喝(かつ)を入れておられました。その背景には、次のような道祖ご自身の体験があるのです。

道祖は昭和4年、今から95年ほど前に宗教活動を本格的に始められました。その当初は、完全に霊的な活動のみでした。

「御五法(おんごほう)」といって、御霊や神仏をおろして、お言葉をいただいたり、霊界からのお諭(さと)しによって病気を治したり、商売をうまくいかせたりといった、きわめて現世利益の側面が強い信仰でした。その結果、「あそこの先生は、何でも見通して、病気でも何でも治してしまう」と評判になり、次々と訪れる人が増えました。ところが、そのように御利益をいただいた人は、それきり来なくなってしまい、しばらくすると、また同じような悩みを抱えて相談にやって来るという、その繰り返しになってしまったのです。道祖は、思いました。これでは、いけないと。悩み苦しみの真の原因を解消し、自身の精神を高めなければ、また元の苦悩煩悶(くのうはんもん)に戻ってしまう――

道祖は、「御五法」と並ぶ柱として、人として生きるための指針、すなわち「道徳」の必要性を悟られました。そして何年も研鑽を重ねられ、いま私どもが勤行でお唱えしております三綱五常報恩、また五法則といった、この世で生きる基本的な道筋を示されたのです。

解脱(げだつ)は病直(やまいなお)しの道(みち)に非(あら)ず、心直(こころなお)しの道(みち)なり。

道祖は常にこのお言葉を口にし、会員の人格向上のため、ご指導や講演等で全国を走り回られました。そのご指導の根幹とされたのが「生活行(せいかつぎょう)」、すなわち在家の身である私たちは日々の生活を修行とし、その中で悟りを深めること。

「天職遂行(てんしょくすいこう)」―― 自身がいる家庭や職場こそが天職であり、そこで一身に働くところに人間としての真善美(しんぜんび)、命の輝きがあり、そこで悟る真理こそ本当の悟りである。物を活かし人を活かし世を活かす。すなわち「世活(せいかつ)」こそが「真行(しんこう)」者としての本道であり、それこそが「神人合一」、神と一つになった証であると説かれたのです。

私どもかむながらのみちは、この道祖のお心を受け継ぎ、祈りと学びを両輪とし、生活そのものを修行とし、世のお役に立つ人になる。世を活かす人となることを会員の皆様に説き続けております。その根幹が、ここにあるのです。

もちろん今の本会において、霊的な面にばかり片寄ってしまう方は見受けられません。前会長・ご教主のお二人が道祖のみ教えを身に体し、人の道を説く教えがしっかりと会員諸士に根付いてきたからこそ、人格的にも高いレベルを目指していこうと心掛けている人が多いのも本会の特色かと思います。

霊的な面の研鑽と、人格の向上、この二つがあって初めて、道祖のみ教えは、真に体得することができるのです。

そして、この日々の生活を修行とする在家信仰の原点には、実は日本独自の信仰形態である「修験道」が深い関わりを持っております。次回は、この修験道について、あらためて皆様にお伝えしていきたいと存じます。

( つづく)

-会長からのメッセージ

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