会長からのメッセージ

ご法縁の歓び

今年の春は気候の変動が大きく、三寒四温というにはあまりに激しい気温の落差に体調を崩された方も多かったのではないでしょうか。本格的な春が訪れたかと思うと、そのまま「猛暑」に見舞われた昨年――今年もどうやら同じように、厳しい季節を迎えることになりそうです。

さて、去る3月15日、奈良・名古屋第二会場合同主催によるワークショップ「真言密教を紐解く―神道と仏教をともに行じることの大切さ―」が、真言宗醍醐派総本山醍醐寺において開催され、私は講師としてその任を務めさせていただきました。

発端は和田妙純・奈良会場主が「み教えを世の中に広めていくため、何か新しいことをしたい」という思いから。その意を告げられた私が祖山醍醐寺に問い合わせてみると、100名ほど収容可能な研修棟が借りられるとのこと。また、その意に賛同した中野孝彦・名古屋第二会場主も加わり、2会場合同による今回の開催が実現したのです。

今年は火性が強まる年であるとは再三、皆様にお伝えしている通りですが、火は「伝達」の力でもあります。自身の中に宿った強い思い、願い、それが神意仏心にかなったものであれば、それはまるで燎原の火のごとく世の中へと広がっていく。まさに、今回のお運びは、その火の力を、物事を実践・実現していくパワーへと陽転させたものと言えるでしょう。

さらに私が当日、心動かされたことは、和田・中野両会場主が、このイベント参加を「100名」と決められた、まさにその想いが具現化し、当日の参加者登録は「100名」。しかも15分前には全員、着席し、予定時間を10分も早めての開催となったことは、まさに神仏のお力がこの場にお働きいただいていることを如実に感得致しました。

今回、私が頂戴したテーマは「真言密教を紐解く」。それを伺った時、真言密教の1つの本山である醍醐寺において、私ごときがと思う気持ちが一瞬ありました。だがしかし、私どもかむながらのみちの特徴である「神仏和合」、その根底にある真言密教の精神を紐解けるのは、僭越ながら私こそがその任を果たすにふさわしいのではと思い返し、当日は弘法大師空海、聖宝理源大師を経て、今日の新宗教にまで至る神仏習合の流れ、それを支えた日本人の和合の精神、それを体現した修験の祈り、その法脈がこの醍醐寺、そして私どもかむながらのみちに流れていることをお伝えさせていただきました。

講義ではご参加いただいた皆様が熱心に耳を傾け、さらに1時間ほど話した後、私が少しアレンジを加えた阿字観(あじかん)瞑想を実践する時間を設けましたが、その後の分かち合いでは、多くの方々が目を輝かせ、楽しそうにそれぞれ得た気づきを話されていました。

ワークショップ終了後、特別相談、ワンポイントアドバイス等の機会では、予約された方限定ではありましたが、ご自身の人生と見えない命との関わりについて、さらに深くお伝えする機会をいただき、中にはこれから共にこのみ教えを学ばれていくことを決められた方もおられたようです。

あらためて今回のワークショップ開催の運びを頂戴するにあたり、ご尽力いただきました祖山醍醐寺の皆様に深く謝意を述べさせていただくと共に、奈良・名古屋第二両会場主を始め会員の皆様、また他会場からもゲストと共に参加してくださった皆様に、心より御礼を申し上げたいと思います。

さらに付言しますと、今回開催となった「3月15日」、これも偶然とは言えないお運びに満ちております。

この日、醍醐ではちょうど清瀧権現桜会(せいりゅうごんげんさくらえ)の開白(かいびゃく)として大般若転読法要が清瀧宮(せいりゅうぐう)拝殿において執行されておりました。清瀧権現とは、皆様ご周知のように弘法大師空海が唐から密教の法を携えて帰国する際、共に来日された真言密教の守護神であり、開山聖宝理源大師が醍醐の寺域を守る神としてお祀りされたものであります。

その清瀧権現の御鏡との不思議な出会いと、それを成就院に仮祀りし、祈り込んできた経緯については本誌でも何度かお伝えした通りですが、いよいよ今月29日に私ども金剛山成就院において、その御鏡法要並びに御札入魂をさせていただく運びとなりました。

これは昨年10月1日、新たに4名の伝法灌頂者が、修行成満の御礼に上醍醐へと登拝した、まさにその日。私は下山する彼女たちとすれ違いに、上醍醐の清瀧権現拝殿へと足を運びました。

そして、いつもの如く拝殿にて祈りを捧げていると、それまで一点曇りの無い空がにわかに暗くなり、遠雷の音が腹の底を震わせるように響き渡りました。祝詞、般若心経とお勤めを終え、その拝殿から離れた途端、その雷はぴたりと止みました。

それからご挨拶にと、上醍醐の寺務所へご挨拶に伺ったところ、そこの職員の方から「北川さん、清瀧さんがお見えになっていましたね」と。どうやら私が祈り始めた途端、この山全体に雷の音が響き渡っていたらしいのです。「ああ、これでこの行を終え、清瀧権現様のお力を世に出す時が来たのだなと」と、その瞬間、私は直感的に悟りました。

これも私が昨年から再三、皆様にお伝えしておりますが、昨年、今年、そして来年の3年間は水の無い年、火性の力が強まる年。特に今年は「丙午(へいかのうま)」と、火性が極限にまで高まる年ですから、尚のこと、その火を抑える水の力が必要となります。

世の中を見渡せば、ロシア・ウクライナ戦禍どころか、イスラエル・パレスチナ、イラン、台湾等、世界大戦へとつながる火種は、そこかしこに散らばっています。年頭から、本部・各会場・各ご家庭での祈りを「世界各地紛争戦禍」に対するものへと切り替えておりますが、毎日のニュースを見ると、焼石に水ではないかと無力感に襲われることもあります。

そのような中、この清瀧権現様は、まさに水神であり、しかも天の意を地にもたらす龍神、真言密教の守護神、その清瀧様が私どもかむながらのみちを通して、世の中にお働きくださる。そのお力の一端が、まさに清瀧権現桜会の開白となる、この「3月15日」に示されたのだと、私はこのワークショップの日を通して心の底から実感致しました。

まさに神縁仏護(しんえんぶつご)、尊きご縁のお運びによって、大いなる神仏のお力が働いていることを、いま私は痛烈に感じています。その1つの結実が、今回の4月29日――この日は奇しくも「昭和の日」、昨年昭和100年を迎え、その新なるスタートである101年目の日に、私どもの清瀧大権現が世に出られるのです。

どうか全国会員の皆様におかれましては、是非ともご参集いただき、大いなる水の力を世にもたらす清瀧様のお働きを感得していただきたい。

私がこのところ皆様にお伝えしております、ご縁の尊さ。結縁・隨縁・尊縁という道行きこそが、人が幸せになれる道の根幹であること。まさにこのご法要は、清瀧様との結縁の日であります。

私たちは、そもそも何のために祈り、学ぶのか。それは、いただいたご縁を育むため。換言すれば、いま自分が尊いご縁に恵まはぐくれているのだという、その気づきと歓びを自身の中で目覚めさせるため、私たちは祈り、学んでいるのです。

私は個人指導という場面で、多くの方の人生にふれさせていただいておりますが、幸せになれる人の共通点は、このご縁に対するセンスに恵まれているということ。人とのご縁、家族とのご縁、仕事とのご縁、み教えとのご縁、そのすべてを「良きご縁」と受け取り、それに報じる生き方を選択している人は、いわば「勝手に」幸せになっていきます。たとえ悪しき出来事が起きたとしても、それを「良きご縁」として捉え返し、それに準じる生き方をしている人は、必ずや幸せにたどり着いています。

一方、どんなに良きご縁に恵まれているか、そのことを自覚せずに、不平不満ばかり述べている人たちは、やはり不幸のスパイラルから抜け出せない。いくら幸せになれるきっかけ、ご縁を提供しても、受け取らない、実践しない。そういう方たちは、常に同じ人生課題の周りを、ぐるぐる回り続けています。

ですが、たとえそのような人たちでも、祈りと学びを続けていれば、どこかでブレイクスルーは起きる。ある時、ふっと、「ああ、これはこういう意味なんだ」と、腹の底から実感できる時がくる。祈りと学びは、そのためにあるのです。ですから、決して手放してはいけないのです。

本年のテーマである「リスタート」。これは新たな出会いや環境を求めるということではなく、むしろ今いる位置、今ある環境から始めていきましょう、その意味・意義を再度、自身の中でとらえ返し、感謝と歓びと希望に満ちた心で始めていきましょう、ということです。

29日の清瀧大権現様の法要を終えると、いよいよ5月5日・6日は例大祭。かむながらのみちの主祭神である天五色大天空大神様が世に出られた日。まさにご神縁の日です。

6日はオンラインでも配信致しますので、どうか、多くの皆様方が、このご法縁のありがたさと歓びを胸に、手を合わせていただきたい。そして多くの方たちに、このみ教えの素晴らしさと、生きる歓びをお伝えいただきたい。

今年は伝える年です。多くの方に、恐れることなく、勇敢に自分の大切なものを分かち合う年です。

お互い様に、気候や環境の変化を正しく受け止め、自身やご家族の心と体をいたわりながら、熱い心でこの道を歩んで参りましょう。

合掌禮拝

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