教主からのメッセージ

本当の大祭

今年も五月となり、尊き大祭を迎えます。しかしこのような状況下において、全国会員が集まることもままならず、映像を介して皆さまと祈りを共にする時間を過ごすこととなりました。

ただ、私はある意味、これこそ本当の大祭であると思うのです。

私どもは在家の信仰です。それぞれのご家庭に神仏、ご先祖様をお祀りさせていただき、年に一度の尊い日として、神前仏前を整え、お給仕申し上げ、家族そろって身を清め、全国会員が同じ時刻にそろって祈りを捧げる――
このような在り方こそ、私は今この時、真に世の中に必要とされている姿ではないかと思うのです。何も大勢が集まって意気を上げることだけが全てではありません。

それぞれが、それぞれのご家庭を中心に、それぞれの聖域・道場として神前仏前を整え、その祈りがそれぞれの住まわれる地域を浄化していく源となっていく……これこそ私どもかむながらのみち会員が、これから世の中に向かっていく真の在り方を象徴しているのではないでしょうか。

その意味で、まさにこの大祭は本当の大祭、これからの私どもの会の行く末を神仏より指し示していただいている大祭であると、私は感動の思いすら抱いて皆さまにお伝えさせていただくのです。

私は先月、この稿で、この新型コロナウイルス感染症が拡大の一途をたどり始めた時、まっさきに先の大戦の御霊がお鎮まりいただいていないことに思いを馳せた、ということを申し上げました。

私のように戦争で文字通り命の危機に瀕した世代は、この日本において数少なくなって参りましたが、今ここで人々が置かれている状況と、あの戦争の時に味わった悲惨な体験について、「果たして、どちらの方が大変だったのだろうか……」と考えてしまうのは、おそらく私だけではないように思います。

この稿を執筆している時点では、まだ政府による緊急事態宣言が解除されておりませんので、「とにかく家にいてください」と、家にいて感染の広がりをできるだけ防ぐことが言われています。

けれども、あの戦争の時は、家にいることですら安全ではありませんでした。空襲により頭の上から爆弾が落ちてくるたびに、防空壕へと入れられ、長い時間、狭くて暗い中でじっと耐えていなければなりませんでした。

今は食べ物や生活必需品を買いだめすることに、皆さんが一喜一憂しているようですが、当時は店に売っている物そのものがありませんでした。

小学校に通う際、母は私に二つのかばんを持たせました。一つは教科書などが入っているもの。もう一つには一本の鰹節を入れて、もし何かあっても一週間くらいは、それをかじっていれば何とかなると、そのための備えでした。

空襲の後ほど、悲惨な光景はありませんでした。お堀には死体が所狭しと浮かび、そこに数え切れないほどの蛇が巻き付いていました。トタンを敷いた道を歩いていると、何か変な感触があり、持ち上げてみるとご近所の方が真っ黒になって……

もちろん、当時の悲惨な体験と、今の状況を比べること自体に意味はありません。ですが、おそらく数少なくなった私どもの世代の人たちの心の中には、きっとこのように訴えたい気持ちがあるのではないかと思います。

「まだまだ、大丈夫。きっと乗り越えられる。今でも充分、ありがたい――」

多くの見方によれば、この状況は長期化するのではないかと言われています。一度収束しても、また第二派、第三派と波が来て、今までと同じ生活スタイルで過ごすことは、もはや考えられないだろうとも言われています。

だからこそ、これから大切なのが「心」の問題です。

経済、医療、行政といった現実の領域においては、もはやこれまでのシステムでは立ちゆかないことが明らかとなりました。だからこそ、たとえこの事態が一時的に収束したとしても、今までの生き方を「復興」するのではなく、むしろ新しい生き方・価値観を「創造」していく在り方こそが求められます。

その時、大切なのが「心」です。これからの困難に立ち向かう心、痛みを伴う改革を実践していく心、世の中全てを見据えていく広い心……

特に私が心配しているのが、この状況でお仕事を失ったり、経営されていた会社が立ち行かなくなり多大な負債を抱え込まざるをえなくなった人たちのことです。

もちろん国や自治体としても、そのような方への支援策は次々に打ち出されていくことと思います。今は打つ手が遅くとも、必ずや皆が救われていく方途を摸索し続けてくれると信じています。

けれども、その当人が悲観的な思いにとらわれ、自暴自棄に陥り、果てはせっかくいただいた命をなくすようなことだけは、絶対に避けてほしいのです。

また、そのような状況にまで至らなくとも、これから世界中の人たちには、様々に「決断」「選択」が迫られることでしょう。その根本を支える「心」について、これからもっと強く、広く、そして深くしていくことが求められてきます。

私どもの会としても、この間は多くの方からのご相談に応じさせていただいております。是非、会員の皆さま、また周りの方々で不安に思われている方も、どんなことでも構いませんので、ご相談されてください。決して一人で抱え込まないでください。

そして何より、普段よりさらに神仏、ご先祖様とのつながりを強めてください。祈りを深く、広くしてください。神仏との尊きつながりが、良き選択、良き決断を生む心の源です。

私どもの道祖・解脱金剛尊者は、『真行』という著書において、「人はせめて世の変革の様な非常重大の時機に魂の覚醒を得ねば遂に其の機を永久に逸するに至るであろう」とおっしゃられています。

今がまさに、その非常重大の時機です。であるならば、やはりこれは神仏からいただいた魂覚醒の好機、私たちが真に目覚めるための大切な気付きをいただいているのです。

「報恩感謝」という道祖のお言葉を、もう一度深く胸に呼び起こしましょう。この国を、この世界を造り上げるため犠牲となられた、過去のすべての御霊に思いを馳せましょう。この大祭の尊き時節にあたり、「有縁無縁萬霊」という言葉に思いを込め、それぞれのご家庭において感謝の思いを捧げましょう。

これこそが本当の大祭です。

最後に、道祖のみ教えの核となるお言葉を引いて、大祭のご挨拶とさせていただきます。

在家宗教

諸士会員はこの際更に々々再認識せられたきものである。

解脱

○自己 反省せられよ

○自我 没却ありたし

○最高 道徳に進まれよ

敬神 忠 神を敬う事

崇祖 孝 祖先を尊ぶ

一 仁 人の大道也

一 義 務を先行し

一 礼 節を重運寿(おもんず)

五常

敬神 崇祖 仁人の道を尊守、義務を先行、礼節を重んじ、先輩を何日も尚何処迄も尊敬し、有縁無縁、天地宇宙万物の霊に報恩し、感謝せられよ、依て以て日夜天職天業忘れずに、励めよであります。

三綱

国土 父母 社会の大恩は(法志天思)(法志難志)常に々々強く言うのであります。

たとえこのお言葉の意味がよく分からなくても、どうか会員の皆さまは、声に出して読んでいただきたいのです。身が引き締まる思いというか、きっと身の内から強い力が湧いて来ることと思います。

なぜなら、これは道祖の魂が込められたお言葉だからです。

そして、これからは会員の皆さま自身が、この道祖のような魂のこもった言葉を口にし、態度に示し、世の中を導いていけるよう、この困難な時勢を、道祖と一体となり、歩んでいただきたいと思うのです。

かむながらのみちとは、神と一体となり、歩む道です。神と共にある道です。

本年の大祭、全国の皆さまと共に、あらためてお祝いを申し上げます。

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