教主からのメッセージ

聖地巡拝の心

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今年は全国的に暖冬でございましたが、やはり春の訪れはいつもと変わらず待ち遠しいものです。

私どもの本部がございます岡村の地を象徴する花である梅の木が、成就院玄関前で会員の皆様をお出迎えするかのように咲きほころび、またその蜜を吸いにメジロやウグイスがしきりに訪れる時分になりますと、まるで命という命が新たな始まりの予感に歓び、その力をみなぎらせているような気が致します。

今月は春のお彼岸ということで、本部並びに各会場におきましては理趣三昧前行供養、そして感謝日には本供養が執り行なわれます。

私どもの命の大根であります親先祖、そして有縁無縁すべての御霊に対して真摯なるご供養を捧げさせていただくことは、その御霊の霊格向上に寄与するばかりでなく、私たち自身の命の躍動、充実、成長につながることは、常々お伝えしている通りです。

まして、この令和という時代になり初めての春の理趣三昧供養でございます。期の変わり目は、気の変わり目に通じます。御霊も見えない世界において新たな気を受け、大いなる飛躍をせんと誓いを立てておられます。顕幽一致、見える世界と見えない世界は常に一体です。私どもも、この世で最高、最上の礼を尽くし、御霊と共に歓喜大躍進を遂げていきたいものです。

さて、今月二十八・二十九日には青年部として、さらに来月四月十八・十九日には、かむながらのみち聖地巡拝が執り行なわれます。

もちろんこの聖地巡拝も、新たな時代となって初の巡拝となりますが、特に四月には例年と同様、京都・醍醐寺、伊勢神宮へと参拝させていただきますと共に、本年は御寺(みてら)泉涌寺(せんにゅうじ)へと巡拝させていただくこととなりました。

この泉涌寺、あるいは解脱金剛宝塔につきましては、あまりよくご存じではない会員も最近多くなられたのではと思います。そこで本稿では、その一端ではございますが、御寺泉涌寺と私どもとのご法縁についてお伝えをさせていただきます。

京都市東区にあります真言宗泉涌寺派の総本山であります御寺泉涌寺は、鎌倉時代に境内で四条天皇の御葬儀が営まれ山稜が造営されたことに始まり、南北朝から安土桃山時代の諸天皇、続いて江戸時代に後陽成天皇から孝明天皇に至る歴代天皇・皇后の御葬儀が執り行なわれ、その山稜も寺院の東の丘陵に設けられ月輪陵(つきのわのみささぎ)と名付けられました(以上、泉涌寺HPより)。

また、月輪陵の傍にございます霊明殿には、歴代天皇・皇后・皇族方の御尊牌がお祀りされ、朝夕その御冥福と国家の安泰が祈念されております。こうして日本で唯一の皇室の御香華院(ごこうげいん)(菩提所)として、「御寺」と称されるに至ったのです。

このように御皇室の菩提寺であったがゆえに、長く泉涌寺では一般の方の拝観謝絶を旨とされてきました。しかし、私どもの道祖であられる解脱金剛尊者は、御皇室の崇拝、皇祖皇宗を崇敬する念を礼節としてしっかりと踏ませていただきたいと、昭和十六年に団体としては初めて単独の参拝を御寺より許されたのです。

もちろんその実現のため、道祖は泉涌寺へと足を運び、護持崇敬の念を先方に熱意をもってお伝えされたばかりでなく、会員に対しても常日頃から御皇室の尊さ、天皇陛下を中心とした我が国の有り難さを徹底的に教え込まれ、団体参拝をさせていただけるにふさわしい会であるよう心を砕かれました。

その努力の甲斐あって、昭和十六年四月一日から三日にかけ、道祖他六名の会員代表により、伊勢神宮、橿原神宮、そしてこの泉涌寺を参拝させていただく最初の聖地巡拝がなされました。

当時は夜行列車を乗り継ぎ、宿泊も不便な中の旅程はさぞお辛かったことと拝察されますが、道祖は道中、少しもお疲れの顔をお見せにならず、日本の基に礼節の道を踏ませていただくことが叶った歓びの笑みを、終始満面に浮かべられていたそうです。

そしてお帰りになられてからも、その感動の思いを会員一同に分かち合い、「たとえ国体に変革あろうとも、我等は伊勢、橿原、泉山(せんざん)(泉涌寺の呼称)を護持し奉る」と、常におっしゃられ、翌年から会員による団体参拝が始まったのです。

道祖は参拝団を見送られる際、「この巡拝こそ、世界五色人種の代表としての参拝であるので、真に意味深いものである。時候は陽春、花に迎えられ、花に送られての旅なので、真心の感謝は申すに及ばず、選ばれた光栄とありがたさを、間違いなきようしっかり心に抱きかかえて、お互いに気をつけ合い、この大任を果たさねばならない。感謝報恩の誠を捧げることは、人として践むべき道、すなわち人間道の大本である」というお言葉をかけられ、送り出されたそうです。

さらに、出発式の際、拝礼行事の四拍手が揃わないことがあり、何回となくやり直しを命じられました。そして、「拍手が揃わないのは、心が揃っていないからだ。揃わない者は参加の資格なし」と厳しく諭され、参拝団の気持ちを引き締められました。

道祖にとって、そしてそのお心を継承させていただいている私どもにとっても、この聖地巡拝は単なる旅行ではなく、「世界五色人種の代表としての参拝」であり「選ばれた光栄」「大任」であるとの自覚をもって臨んでいきたいものです。会員の皆様におかれましても、あらためてその認識を深くしていただきたいと強く願います。

さらに道祖は、会員が巡拝されている間、昼も夜も羽織袴の姿のまま、御神前で国の安泰と御皇室の弥栄、そして巡拝団の無事の帰還を祈られていたと伺っております。

私もここ数年、会員の皆様と全ての行程を共にすることが適わなくなっておりますが、道祖と同じく心は皆様と一つでございます。

ましてやこの令和という新たな時代の到来を迎え、これからその時代を歩もうとする最初の巡拝です。代表として参拝される皆様はもちろん、この度は残念ながら巡拝に加われない全国会員の皆様も、この日は心を一つにし、それぞれのご家庭で、また各会場の神仏前で深い祈りを捧げていただきたく思います。

道祖は、私どもの国、日本は一つの「家」であるとの認識のもと、この御皇室への崇敬の念を常に強調されておられました。

我が国に於ては孝は極めて大切な道である。孝は家を地盤として発生するがこれを大にしては、国を以てその根底とする、孝は直接には、親に対するものであるが更に更に天皇に対し奉る関係に於て忠の中に成り立つ。
我国民の生活の基本は西洋の如く個人でもなければ、夫婦でもなく、それは家である、家の生活は夫婦兄弟の如き平面的関係だけではなく、その、根幹となるものは、立体的関係である。この親子関係を本として、近親相倚り相扶けて一団となり、我が国体に則って家長の下に渾然融合したものが、即ち我が国の家である。

道祖は御皇室と私たち国民との関係を、親子と同じ深い情愛と血縁で結ばれた「家族」であると見なされました。故に、御皇室の祖先であらせられる天照大神をお祀りされる伊勢神宮を崇敬・参拝することは、他ならぬ自分自身の大祖先への礼節の道を踏むことに同じであり、その思いと行動を欠かさないところに、人としてこの世に生きる大切な大本があると断言されたのです。

そして道祖は死して後も御皇室の菩提寺である泉山を護持されたいと願われ、一般人としてはきわめて例外の事として道祖が亡くなられた後、昭和二十九年に泉涌寺境内に解脱金剛宝塔が建立され、道祖の御霊は永遠に彼の地にお鎮まりになられました。これもまさに親を思う子の心を、道祖がご自身の命そのもので私どもに範として見せて下さったものと拝察致します。

今日、「忠」あるいは「国体」という言葉が何か偏ったイメージで語られることがありますが、どうか道祖の真意を皆様にはしっかりと汲んでいただきたいものです。

それぞれの国には、それぞれの国を建てられた基があり、そこには今の自分自身につながる有形無形問わず絶対的な恩恵があります。その恩恵を思わず、またその思いに報いる行ないを実践することなしに、その国の民として、また人としてこの世に生きる大切な心がどこにあるでしょう。

故に道祖は、この聖地巡拝にあえて「世界五色人種の代表」とおっしゃられたのです。その心は、自分自身の命の基を常に忘れず、報恩感謝に生きる道を世界の範となりこの世に示せという、大切なみさとしだったのです。

私どもも、この道祖の御心にならい、この度の巡拝を例年にも増して敬虔な心で挙行し、本年の会のテーマでもあります、「新時代を歩む 祈りと学びで四聖を昇華 未来を拓く、情熱的な自分創り、人創り、国創り」を実践して参りましょう。情熱的な国とは、すなわち我が国を一つの「家」と見なし、この国の発展と自分自身の生き方とを深く結びつけ生きるところから生まれます。

畏れ多いことながら、歴代の天皇陛下は私ども国民のことを「大御宝(おおみたから)」として、自身の子であり家族であると胸に刻み、日々私どもの安泰と繁栄をご祈念されておられます。そのような深い御心を日々いただいている私どもとして、神仏を基とした温かな家庭創り、人創り、国創りに邁進することはもろちん、その思いと祈りを世界へと広げていき、世の平安を実現する一助となれるよう、常日頃から精進努力させていただきましょう。

この春を、新たな時代を歩む大きな飛躍の時節として、共に真行の道を歩んで参りたいと存じます。

-教主からのメッセージ

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